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「グレート・ギャッツビー」は純愛なのか

何度も映画化されている、言わずと知れた「グレート・ギャッツビー」。
本屋さんやDVDレンタルなどで純愛コーナーに紹介されていたのを見て、本当に純愛なの?って疑問が。

いちばん最近では、レオナルド・ディカプリオ×キャリー・マリガンで映画化したものも、もちろん観に行きました。

華麗なるギャツビー [DVD]

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昔見たロバート・レッドフォード主演の映画の、ヒロイン、ミア・ファローの美しさや儚さは、キャリー・マリガンにはなかった。
けど、本当はキャリー・マリガンのほうのデイジーが原作に近いのかも、、、そう感じました。

「グレート・ギャッツビー」は、愛する1人の女性との恋を成就させるために巨万の富を築いた男の切なく悲しい物語。

大富豪の娘デイジーと軍人のギャッツビーは恋に落ちるが、デイジーは戦争後終わると貧乏青年ギャッツビーとのことはあきらめて、やはりお金持ちのブキャナンと結婚する。
愛が冷め、ブキャナンもどうやら遊んでいる様子…という時、巨万の富を得たギャッツビーと再会する。
実はその再会はギャッツビーがデイジーと会うために画策したものだったけれど、再会したふたりは昔の愛が再燃するが、デイジーがブキャナンとの離婚を踏み切れないでいるうちに、ギャッツビーとブキャナンとの口論に取り乱し、部屋を飛び出したその際ある事故が起きる、、、というあらすじ。

ギャッツビーはデイジーひとすじに愛している。
再びデイジーと恋する為にあらゆる手を使ってのし上がり、常にパーティーを催しながら対岸のデイジーが住むお屋敷を見つめている、、、純愛というか、なんというか。
わざわざブキャナン夫妻の屋敷がよく見える場所に自分の屋敷を購入していて怖い気持ちもある私、、、
まあここは純愛にしておくかな(狂気に近い気がするけれど)
ギャッツビーはデイジーの幻想を愛してるのかと思うほど、デイジーの現在が見えていない。
ギャッツビーはロマンティスト、というのが正しいかも。

一方デイジーはと言えば、両親に貧乏青年との結婚を反対されれば素直にブキャナンと結婚し、ブキャナンが自分に興味を示さなくなるとギャッツビーになびき、でも離婚を踏み切れず、その上ラストはひどい仕打ち…
倦怠期を迎えた夫婦のちょっとしたきまぐれなのでは?
若い頃のハンサムな軍人との恋愛、結婚後の寂しさを埋める暇つぶし、なのではと感じずにはいられない。
だって、デイジーってギャッツビーが考えているよりずっと浅はかな女。
自分の保身ばかり考えてる、どこにでもいそうな女。
こう書くとひどい女に気がするけど、普通の人間臭い女性。
そのような女性ととらえると、キャリー・マリガンは上手く演じていたと思う。

前半はロマンティックな愛の物語だけど、後半は物語が一転する。
交通事故を起こしたデイジーを庇い、愛のための自己犠牲を厭わないギャッツビーは思わぬ方向へ運命が進んで行く、、、ので、私には読んでいて辛いラスト。

う〜ん、純愛、、、
ギャッツビーからデイジーへの愛が純愛ってことなのでしょうかね?

私、大抵ヒロインに感情移入して読むことが多いので、こんなに感情移入しないヒロインは珍しい。

ところで、時代もあるとは思いますが、貧乏で愛する女性を手に入れられなかった男性は、闇で悪いことをして富を得て戻ってくる物語、あります。
ギャッツビーもだけれど、「嵐が丘」や日本で言えば「金色夜叉」。
こんなこと言ったら元も子もない、んでしょうけど、すぐお金持ちになれるんですね、、、と思ってしまう。まあ余談でした。

本家本元「グレート・ギャッツビー」も素晴らしいですが、それをパロッたともいえる「偉大なるデスリフ」もすごくいいのです!

偉大なるデスリフ (村上春樹翻訳ライブラリー)

偉大なるデスリフ (村上春樹翻訳ライブラリー)

村上春樹が訳しているから春樹調なので、あれがだめなひとはダメかもしれないけれど。
私は本家ギャツビーより好きなくらい。
ギャッツビーのラストがやりきれないのに対して、デスリフはほろ苦い切ないラストだけど、優しさがある。

ところで、キャリー・マリガンって時代物の衣装がとてもよく似合う。
キーラ・ナイトレイも年取ってきてコスチュームプレイの若い女の子ちゃんの役ができないしどうするのかなって時に登場。
18世紀のイングランドの衣装なんかも似合いそうなので、そんな役も見てみたいな。
キャリー・マリガンジェイン・オースティンとか映像化してくれないかしら
プライドと偏見」はキーラ・ナイトレイが、「エマ」はグゥイネス・パルトロウがすでにえんじているので、「説き伏せられて」なんてどうでしょう。